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160*「教えて欲しい」への違和感-2

先日、新聞のコラムで
「読んだ本の数は答えを探し求めた数」
という一文を読んだ

もがくことは無駄ではない
もがいたからこそ
その行動が後々の力になる
ということは多々ある

行き詰まったとき、わからないとき、
何でもかんでも最初から人に聞くのではなく
まずは自分で答えを探す行動をしてみることから
スタートするべきなんじゃないかと思う

安直な「教えて」にはいつも違和感を感じている
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159*「教えて欲しい」への違和感-1

「自分よりできる人」に対して教えを乞う人は多い

しかし「教えを乞う」ことを
あまりにも簡単に考えていないだろうか

「教えて欲しい」
…そう言う割には、その教えに沿った行動をしない

「教えて欲しい」
…そう言う割には、自分に理解できないことや
自分の考えと違うことは受け入れようとしない

「教えて欲しい」
…そう言う割には、その相手が
その技術や知識を身に着けるまでに行なった行動や
費やした時間・費用に関しては無関心


「教えてもらう」ということは
「経験値や知的財産を分け与えてもらう」ということだ
それらは場合によってはとんでもない犠牲や
多くの支出の上に手に入れたものかもしれない

そう考えれば「教えて欲しい」には
それなりの覚悟と敬意を持つべきであって
「何となく」…
間違ってもそんな態度で接するべきではない

最低限でも「何を教わりたいのか」くらいは
最初に具体的にしておくべきだ



そして…
「教えてくれ」と「教えてください」
「教えてやる」と「教えてあげたい」
当然だが、それぞれの意味合いは違う

158*前進守備とバッテリーのサイン

基本的に前進守備を選択する時は
内野手は「3塁ランナーをホームに帰さない」
外野手は「2塁ランナーをホームに帰さない」
…という状況だと思う

その時にバッテリーが意識すべきは
「三振、内野フライ、浅い外野フライ」
「最悪でも内野ゴロ」
ということになるだろう

その目的に沿わない配球はすべきではない


配球において「高めの釣り球」が効果的な場面は多々あるが
守備陣形を考えた上で選択すべきボールでもある

前進守備においてはわずかなコントロールミスで
その意味を無駄にしてしまう可能性が高くなるからだ

通常なら内野フライがポテンヒットになりやすくなる
通常なら外野フライが長打になりやすくなる

どうしても高めが必要だというならば
「バットにあたる危険性の少ない高さ」ということになる

高めへの配球はピッチャーのスピードや
コントロールを十分理解した上で使用したい


それなりの速球とコントロールを
持っているピッチャーならまた話は別だろうが…

157*後悔している発言

20年程前、私設のローカルリーグの代表者ミーティングで
キャッチャー防具の着用義務について意見討論をする機会があった

「自己責任で十分ではないのか」
義務にする必要を感じていないチームもあった

着用義務派の主な意見は「事故が起きる前に対策を」
自己責任派の主な意見は「危険を感じたことはない」「経費がかかる」
意見はなかなかまとまらなかった

その時に「ランナーのことも考えて欲しい」と発言した

当時は今よりも金歯スパイクを着用していたメンバーが多かった
草野球で初めてキャッチャー経験をするメンバーも多かった
また、そんなキャッチャーがブロックすることも多かった
(ここではルールを含むブロックに関する詳細は省きます)

「(スライディング時に)万が一、歯が当っても
レガーズ着用ならランナーとしてもケガのリスクが少ない」
「(ベース前で急にブロックされたら)軽く当てちゃう方が
ヒザのクッションで勢いを殺せるからお互いケガのリスクが少なくなる」

そんな発言をした

一部から猛反発された
「蹴ればいいとは、どういうことだ!」

…そんなことは言っていない

「レガーズは決してキャッチャーだけを守るためだけのものではない」
「経験の浅いキャッチャーがテレビで見た知識だけでブロックをしている現実がある」
「経験の浅いもの同士ではとっさの状態は簡単には回避できない」
「スライディング途中でレガーズ無しのブロックに気付いたランナーが
相手にケガをさせないために中途半端なスライディングをしてケガをしてしまう可能性がある」
「経験のあるランナーほど無理な体勢で接触を回避してケガをする可能性だってある」

そんな説明を繰り返した
しかし、感情が高まった状況では完全に納得してもらうことはできなかった

「キャッチャー防具=キャッチャーを守るもの、
だから着用についてはキャッチャーが自己責任で考えればいい」
そんな空気を一掃したかったことからの発言だったが
結果的に誤解を呼ぶ言い回しになってしまった


自分にとっては当たり前であり、よかれと思っていることでも
受手の感情や立場によっては決してその限りではない

「刺激的な言葉で着用を促そうとし過ぎたんじゃないか」
「賛成してもらいたいならもっと効果的な言い回しがあったんじゃないか」

最終的な結論は別にして、今でも思い出す失敗であり、後悔している発言だ
しかし、その後の発言機会で状況やその角度を考えるきっかけにもなった

忘れちゃいけないことでもある

156*そのサインの意図するものは…

バッテリー間で交わされるサインについて
「そのサインの意図」を
意識・理解することは大切なことだ

ただ漠然とサイン通りの球種を
サイン通りのコースに投げることが
ピッチングではない

その1球は
・打ち取るための1球なのか(勝負球・結果球)
・ストライクをとるための1球なのか(カウント球)
・打者に意識させるための1球なのか(意識付け)
・打ち気を利用する、または逸らす1球なのか(誘い球、遊び球)…

その1球に込められた「意図」を理解してこそ
ただの結果論ではない経験値が蓄積されるはずだ
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